このブログを始めようと思ったきっかけとなる出来事について、記事にしていきます。私(ジセキちゃん)がタセキくん(元夫)と離婚するまでのお話です。
私の場合は、別居してから一度も元住所に帰らず、元夫と顔を合わせることなく、離婚までの全てをリモートで終えることに成功しました。その体験談をまとめていきたいと思います。
今回は私がタセキくんとの離婚を決意するまでのお話です。あくまでも私たちの場合のお話ですので、スキップしていただいても大丈夫です。離婚に向けて動き出してからのお話は次回以降になりますので、そちらを参考にしていただければと思います。
関係悪化の原因に気づくまで
他責思考なタセキくん
私は産後数ヶ月でタセキくんと離婚することを決意し、子どもと一緒に実家へ遊びに行く、と伝えて家を出ました。元々楽しく過ごしていたのに、産後にはなぜかタセキくんといるのがしんどくなってしまいました。でもどうしてそうなってしまったのか、分かりませんでした。
なんでこうなっちゃったんだろう

自分の気持ちを整理しながら、私とタセキくんは、それぞれ自責思考と他責思考に偏りすぎていたことに気づきました。何か問題が起こると、タセキくんは自分以外に責任があると考えます。自分の非を認めず、

他人や環境のせいだ
と言い、自分を変えようとしませんでした。私はいつも自分に責任があると考えがちで、タセキくんに言われたことに違和感を感じても、最終的には

「自分が悪かったのかもしれない」
と思いました。結果的に、2人の間で起こった問題はいつも、私がタセキくんに合わせて自分を変えることによって、解決していました。ですがそれは、ただ私がタセキくんの分の責任を負っていただけで、根本的な解決などできていなかったのです。
幸せの決め方

元々私は、そばにいる人が怒ったり悲しんだりしていると、自分のせいだと思いがちでした。そして、これ以上迷惑をかけたくない、私がいない方がこの人は幸せになれる、そんな気持ちになっていきました。タセキくんは子どもが生まれるまで、ほとんど怒ったり悲しんだりしませんでした。だからそんなタセキくんを見て、

私がこの人を幸せにしているんだ
と思っていました。
でも本当は、ただタセキくんが自分の責任を自分以外に押し付けて楽になっていただけでした。それは、大きな問題に直面するまで分からなかったことでした。そもそも幸せかどうかを決めるのはその人自身で、私はその本質を理解できず、バウンダリーが曖昧になっていたのだと知ったのは、ずっとずっと後でした。
なぜ気づかなかったのか
自責思考と他責思考
自責思考、他責思考にはそれぞれメリット、デメリットがあります。バランスがとれていれば、自責思考の問題解決能力と、他責思考の客観的視点、お互いの長所を生かすことができます。実際、私はタセキくんと一緒にいたことで過度な自責思考から抜け出して救われたこともありました。タセキくんにとっては「他人ごと」だったはずなのに、私が自分を追い詰めすぎてしまっていたときには

それはジセキちゃんの責任じゃないでしょ?
と、問題の本質を教えてくれました。そんなことが何度もありました。
バランス
出産後、私はタセキくんが子どものためであっても自分を変えようとせず、言動が矛盾していることに気づきました。話し合おうとしても、嘘をついて自分を守ろうとしました。私は今まで気づかなかった矛盾も、嘘も、子どものことだったらすぐに分かりました。
育児は、大きな問題が発生する日々の連続です。バランスが取れなくなった私たちは、お互いの長所を潰し合う状態になってしまいました。一緒にいればいるほど私はタセキくんの成長機会を奪い、タセキくんは私の自己否定を強めていきました。私に客観的な視点を教えてくれたはずのタセキくんは、「自分ごと」になった途端に主観的になり、保身に走るようになりました。

タセキくんってこんな人だったっけ…?
タセキくんはずっと、自分が負うべき責任を自分以外に押しつけて楽になることで、穏やかな性格であるかのように振る舞っていられたのです。私が知っていたのはその姿だけで、そのときの私はまだタセキくんにとって「都合の良い人間」であり「評価してもらいたい人」でした。
タセキくんは、子どもが生まれてから私に指摘されて初めて、自分の責任を自覚しました。そして、責任を自覚させた私はタセキくんにとって「都合の悪い人間」になり「評価してもらいたい人」から外れ、それからのタセキくんはまるで人が変わったかのように、私に対して攻撃的になってしまいました。
分かり合えない価値観の違い
ただ、同じ温度感でいたかった

私の一番やりたいことは育児で、子どもが一番で、思い通りにならないことを楽しむことが育児だと思っています。ですがタセキくんにとっては違ったようでした。育児よりもやりたいことがあって、自分が一番で、思い通りにならないことがあると不機嫌になりました。その温度差が、私には耐えられませんでした。
タセキくんはよく、

ジセキちゃんも息抜きすればいいのに
と言いました。タセキくんは「息抜き」と言いながら、やりたくない家事育児を放棄していました。タセキくんにとっての育児は「思い通りにならないことの押し付け合い」でした。そして、自己満足なやり方で家事育児をやっては、「借り」を作ったつもりでいたようです。私がタセキくんの思い通りにならないときにその見返りを求め、「やってあげたのに」と言って、自分の言うことを聞かせようとしました。
「なんでもない」日常の優先度
タセキくんは自分が心地よいと感じる生活、「自分のリズム」を変えないことに、強いこだわりがありました。ですが、趣味や旅行のためには変えることができました。それは、タセキくんにとって趣味や旅行の優先度が高かったからです。タセキくんは優先度の高いことのためには変われる人だから、子どもが生まれたら当然そのこだわりを捨て、変わると思っていました。

タセキくんにとっても、子どもは最優先でしょ!そんな当たり前のこと、わざわざ確認するまでもない!
でも、タセキくんは変わりませんでした。
正確に言うと、タセキくんが「評価してもらいたい人に見られているとき」だけは変わり、それ以外は変わりませんでした。自分の評価に繋がらない、子どもとのなんでもない日常は、タセキくんにとって優先すべきものではなかったのです。
誰のリズムで生活するのか

私は子どもを望んだ時点から、「自分のリズム」で「やりたいときにやる」生活から、「子どものリズム」に合わせて「やれるときにやる」生活に変わると思っていました。ですが実際は、子どもよりも「タセキくんのリズム」に合わせることを強要され、子どもと私の生活が制限されました。「やれるときにやる」すらできなくなった私は、寝れず、食べられず、どんどん体調が悪くなっていきました。
一緒にいることに限界を感じるまで
もう戻れない
タセキくんの矛盾と嘘に気づいて、何が嘘で何が本当だったのか、これまでのこと全てが信用できなくなり、目の前が真っ暗になりました。
子どもが生まれるまでは、2人の間で問題が起こることはそう多くはありませんでした。あったとしてもそれは小さな問題で、どちらかがちょっとだけ我慢すれば済むことであったり、「相手の勝手にさせておけばいいや」で終わっていました。ですが子どもが生まれた今、ちょっとだけの我慢や「相手の勝手にさせておけばいいや」では済まされません。今までの生活とは、何もかも違うのです。もう昔の2人の関係性に戻ることなど、不可能でした。
離婚を決意
タセキくんは自分が間違うことを恐れていました。自分はいつも正しいと認められなければならない、と思い込んでいました。だから、「他人ごと」なら客観的に見られた出来事も、「自分ごと」になると自分を守ることで精一杯になり、主観的になってしまいました。相手の話を聞く余裕も無く、問題の本質も、自分の気持ちさえ分からなくなってしまったようでした。
話し合いで解決しようとしても、タセキくんは私の話を聞こうとせず、「自分が正しい」と認めさせるために、私の人格や感情を否定しました。

相手からの反論が無い=自分が正しいと認められた!
そして、自分の思い通りになるまで何時間も私を責め続け、話をする気力が無くなるまで追い詰めました。
子どもにそのような会話を聞かせたくなかったので、話し合いを諦めてタセキくんの機嫌を損ねないように生活しました。信頼できず、対等に話し合いもできない人と一緒に子どもを育てていくことはできません。そうして離婚を決意したのでした。
次回予告
次回は、「離婚したい」と告げる前に準備したことについて、記事にしていきたいと思います。



